空き時間に読める【ぽりん物語】

こんにちは。
波瀾万丈な人生を送るアラサー看護師ぽりんです♪

結婚、妊娠、流産、離婚、再婚を経験し
10年間勤めた病院を辞めて
理学療法士の大男と、甘えん坊短足雄猫と、
幸せに暮らしながら、不妊治療に奮闘中です。

自分で自由に働こう!
どうせやるなら、自分の経験を生かして人のためになることをやろう!

そんな思いを胸に、

不妊治療や流産でツライ思いをしているすべての女性を幸せにしたい
という一心で、絶賛活動中です!

ここでは、
私の今までの不妊治療や流産の経験をお話しようと思います。

 

27歳のときに結婚

ぽりんは某看護大学を卒業し、22歳で看護師になりました。

当初のライフプランとしては、

2年くらい看護師やってー
結婚してー
病院辞めてー
25歳で子ども一人目産んでー
30歳までに二人目産んでー

みたいな感じやったんですけど、意外にも仕事にやりがいを感じまくって
バリバリ・ギラギラ働いていましたw

気づけば周りは結婚・出産ラッシュ。
20代前半で、結婚ラッシュの第一波、一人目出産ブーム。
20代後半に入り、結婚ラッシュ第二波、二・三人目出産ブーム。

\はい焦るーw/

もともと子どもが大好きな私は、
友達の赤ちゃんを抱っこしたり、子どもと一緒に遊ぶたびに、

「子ども欲しい!」

と、結婚したい欲を通り越して、子どもが欲しい欲で悶々してましたw

で、そんなときに、
友達から紹介してもらった人とお付き合いし、
2015年2月に(27歳のとき)結婚しました。

自己流タイミング法を試すも妊娠できず

2015年10月(28歳のとき)に
結婚式を盛大に挙げw、新婚旅行に行きました。

うちは母親が4人産んでるし、
自分はすぐに子どもができると思っていたから
「結婚式と新婚旅行までは妊娠したくない!」
と思い、避妊をしていました。

避妊をやめて、自己流のタイミング法
妊活し始めるけど、、、

待てど暮らせど、全っ然できない。
この時点で、半年くらいだったかなぁ。

「不妊」ってネットで調べたら、

自然な状態で妊娠に至れないか、妊娠を一定期間以上維持することができない状態を指す。WHO日本産科婦人科学会ともに、「1年以内に妊娠に至れない状態〜Wikipedia〜

って言われてる。

まぁ言うてまだ半年やし、
すぐできると思うけど、
「とりあえず一回検査だけでも受けに行ってみよっかな〜」
ってな軽い感じでクリニックへ行くことを決めました。

これから波乱万丈な人生が来ることも、
長いなっがーい不妊治療生活が続くことも
この時の私はまだ知る由もなかったのですw

28歳で初クリニックへ

で、28歳で初めて不妊治療専門のレディースクリニックとやらに行ってみました。

この時は、
家から一番近いとこ通いやすいとこ
っていう基準で探しました。

妊娠希望との旨を伝えると、
あれよあれよという間にいろんな検査。
1日で全部やったわけじゃないけど、
血液検査やら、経膣エコーやら、卵管造影検査やら…

会計のときに驚愕‼︎
こんなに高いのー!?
って思ったのを覚えています。

高プロラクチン血症でカバサール内服

その中の血液検査で異常が見つかりました。
プロラクチンっていうホルモンの値が高いと。
ほんのちょっとだけど。

プロラクチンは妊娠するといっぱい出るホルモンだから、
妊娠中は値が高くなるんですけど、

妊娠してない時に何らかの原因で高くなると
脳が妊娠してると勘違いして、
「こいつ妊娠してるからもう追加で妊娠させるなよー!」
っていう指令を出して、
妊娠できなくなってしまいます

ほかには、
「こいつ妊娠してるからおっぱい出せー!」
っていう指令を出して、乳汁が滲み出てくるらしい。
まぁ私は出なかったけどw

そのホルモンを落ち着かせるため、
カバサールっていう薬を12日間飲みました。

それで終わり。フォローの採血もなし。

ん?これでいいんか?

ってちょっと不信感。。。

排卵誘発剤・黄体ホルモン製剤を内服してのタイミング法


カバサールの内服が終わって、

「よし、これでとりあえずほかの検査で問題はないし、いざ本格的にタイミング法を!」

ってなった時、
謎の排卵誘発剤「セキソビット砲」が発射された!w

またもや、

んん?しっかり排卵もして、生理も順調に来てんのに、なんで誘発剤いるんや?しかも勝手に黄体ホルモンの薬(ルトラール)も出されてる。なんで?説明なし?

という不信感。。。

そう思いながらも、先生の言うとおり
薬飲みながら、基礎体温測りながら、
エコーでたまごちゃんの様子見ながら、
途中でクロミッドに変えながら
(これも詳しく説明なし)
約半年間、合計5〜6回タイミング法をしました。

(ちなみに、このとき旦那には大きく問題はありませんでした。)

人工授精を提案された時点で一旦休憩

お薬変えても、半年タイミング法頑張っても
妊娠できず、気持ちはだだ下がりの中、

じゃあ次は人工授精かな

って軽い口調で先生に言われ、
私の中で、何かがプッツンってなりました。

 

説明も少なく、相談もしにくい
先生や看護師さんに不信感しかなかったのと、

自分は自然に妊娠できると強く思っていたし、
謎に自然妊娠にこだわっていたし、

看護師のくせに不妊治療には疎く、
「人工授精」って聞くだけで、
「人工的な妊娠なんて!」っていう

不十分で間違った知識
と、
塗り固められた既存の固定観念からの
否定的な感情
もあって

ショックが大きすぎたのとで、

「もういいっ!」ってなり、
そのクリニックに通うのを辞めました。

不妊治療は一旦やめて、
自己流タイミング法に戻りました。

クリニックを変える(1回目)

でもやっぱり全っ然できなくて、
当時29歳の私は、

30までには子どもがほしい

という気持ちが強くあり、
嫌だけど、また不妊治療を再開する決意をしました。

今度はちゃんと調べて、
口コミのいいクリニックを探しました。
でもやっぱり近さ通いやすさは重視してました。
なので、口コミはいいし有名だけど、
決して最先端とは言えない
ちっちゃいクリニックでした。

今までの経過を話し、
プロラクチンのフォローの採血を
していないことも伝え(根に持つタイプw)、
必要な血液検査や卵管造影検査も
また一通りやって、
これといった異常はありませんでした。
(プロラクチンも正常値になってました!)

ここの先生はしっかり相談もできて、
説明も詳しくしてくれて、
何より、前の人よりちょっと歳とってて
実績もあってっていう安心感がありました。

卵管造影検査後のタイミング法で妊娠発覚

そんな、先生への信頼感も上がっている最中、
なんと、
卵管造影検査後にタイミング法を行うと、
生理予定日(つまり妊娠4週目)の
妊娠判定で陽性が!!

そして5週目にはエコーで胎嚢が見えるじゃあ
ありませんかーーー!!!

もう、泣いて喜びました!!!

産婦人科に宛てて紹介状を書いてもらい、
次の週に紹介先の産婦人科に行きました。

ドキドキワクワクしながら
エコーで診てもらうと・・・

まだ心拍確認できませんね〜
・・・っていうか、なんて言われて来たんですか?

えっ?5週目で胎嚢見えるから産婦人科に紹介状書きますね〜って。
来週産婦人科行ってくださいって。

まだ心拍確認できてないのに来たんか〜

(先生の独り言?)

えっ?えっ?
普通は心拍まで確認してから婦人科行くの?
そこらへんの常識わからんし、こっちは行けって言われたから来てるし、むしろ喜ばしいことやねんから、もっとおめでたい雰囲気で話してくれよー!

って心の中で思いながらも、でもまぁこっちは妊娠してハッピーな気分やし、
そんなちっちゃいことは気にしなーいってスルーしましたw

まぁまだ6週目やし、
来週か再来週に心音確認できるでしょ〜
って思ってました。

切迫流産で自宅安静

で、全然触れてなかったんですけど、
わたくしぽりんは、大学卒業してから
ずっと同じ病院で働いていたんです。

某脳神経外科病院の集中治療室で。
まぁ忙しいときとそうでもないときのムラはあったけど、基本的に激務で。

2交代で夜勤も7〜8回くらいは入ってたし、
業務の繁忙さに加え、研究や教育もしていたので、結構肉体的・精神的疲労が来ていました。

妊娠反応が出てからも普通に夜勤もしましたし、急変時には心臓マッサージなどの激しい動作もバンバンしてました。

なんなら最初の検診の時に、

どこで勤めてるの?

●●病院です。

●●病院かぁ〜(苦笑)
そこは妊娠してもこき使われるからな〜ハハハ

って言われたくらい、
妊婦に対して超絶ブラック病院でしたw

で、7週目の検診のちょっと前から、
なんかお腹が痛いな〜ってことがしょっちゅうあって、念のため病院へ行くと、

切迫流産と診断されました。

うわぁー。。。最悪。
今までのハッピーやった気分が
一気にズドーンって落ちて、
涙に変わりました。

しかも仕事休まなあかんし、迷惑かかる

最悪。

でも仕方ないから
その足で職場に行き、診断書を提出。

不安な気持ちと
仕事休まなあかん申し訳なさで、
新人の頃から一回も泣いたことがない偏屈オンナが、泣きながら上司に謝ったのを覚えています。

 

で、その時も心拍確認できなかったので、

とりあえず自宅安静にして来週来てください。
その時に心拍確認できなかったらちょっとね・・・

って言われて、さらに落ち込み・・・。

とりあえずネットで調べまくって
安静にしてたら赤ちゃんもしっかり育って
無事出産できたっていう人が多いから、
希望はもちろん捨てず、言われた通り、
しっかりと自宅安静していました。

でも、お腹の痛みは日に日に酷くなるばかり・・・

そしてなんと
それまでずっと高温を保っていた基礎体温が検診前日に下がり、
「まさか!」と思ったけどその日は特に血は出なくて、
安心と不安が織り混ざった気持ちで過ごしました。

まぁ、不安の方が大きかったけど。

29歳のとき妊娠8週で稽留流産【どん底パート1】

そして、検診当日。
やっぱり基礎体温は低い。

お腹も痛かったし、
近くに住んでいる父親が車で産婦人科まで送ってくれました。

大きいお腹を抱えて幸せそうな妊婦さんたちの間に座り、俯いて順番を待つ

やっと呼ばれていつも通り経膣エコー。

「う〜ん・・・」
ってエコーをぐりぐりしながら
ため息をつく先生。

ほぼ諦め、診察室に行くと、

「心音確認できません。残念ながら育っていません。」

頑張って暗いトーンにして話す先生。

「“流産”ってことになります。この妊娠初期の流産は母体が原因ではなく、胎児の方の問題で、染色体の問題が一番大きいです。それに、このままもし育って産まれていたとしても、心臓に疾患を抱えて産まれてくる可能性があるので、よかったと思いましょう。」

おぅおぅ、さらっと言うなぁ。

「で、とりあえず、このまま様子見て、全部出てきたらそれでいいですし、出てこなかったら掻き出す処置しますので。どっちにしてもまた2週間後くらいに来てください。」

出てくるってなに?
掻き出すってなに?
あんたからしたら”物”かもしれないけど、
育ってなくても私にとったら
可愛い赤ちゃんなんです!

って言うツッコミを心の中でもできないくらい呆然として。


また幸せキラキラ妊婦さんたちの間をくぐり抜けて会計を待つ

向こうでは赤ちゃんが産まれたのであろう
幸せな声も響いていて

でもまだツライって実感できずに呆然として。


業務的な会計があっさりと終わり、

涙も出ないまま産婦人科を後にしました

父親に「終わったら電話してね」って言われていたけど
電話できるわけもなく、

2017年7月終わりの真夏の中、
電車で二、三駅くらいの距離を
滝のような汗と涙を流しながら歩いて帰りました。

家に帰るとそのままソファーに飛び込んで声をあげて泣きました。
体の中の水分全部出るんちゃうかってくらい。

近くで心配そうに寄り添ってくれる愛猫の太郎
いつも心の拠り所になって頼りにしてるけど、
ここまで心強かったことはない。

ずっと側で見守ってくれました。

そして、昼から母親が仕事を早退し、
うちに来てくれました。

その時には泣き止んでたけど、
お母さんが泣いて抱きしめてくれた時、
また吹き出てきた

 

私は、不妊治療をしていることは友達にも言えなくて
仕事の都合上、上司には伝えていたけど、
実質、旦那と母親にしか相談できていませんでした

 

でも旦那は男だし
嫌な顔せず一生懸命治療に取り組んでくれてるけど、やっぱり女性の気持ちは完全には解らない部分もあって。

 

だけど、母親は同じ女性として、気持ちも解ってくれる
すごい心強い存在でした。

 

そんなお母さんが泣いて抱きしめてくれて、
嬉しかったと同時に、

「泣かせてごめんね。おばあちゃんにしてあげられなくてごめんね」

って思って涙が止まりませんでした。

 

もうそれからは絶望の毎日

 

多分ホルモンの変化とかもあったからだと思うけど、
急に泣き出したり鬱っぽくなったり

いくら先生から、
「母体に原因はなく」って言われても
「染色体の問題」って言われても

  • 自分のせいや。
  • 夜勤も入りすぎたからや。
  • 激しく動いたからや。
  • お腹を伸ばすような姿勢とかお腹に力入れる動作したからや。
  • 仕事セーブせんかったからや。

ってやっぱり自分を責めました。
いっぱいいっぱい自分を責めて
いっぱいいっぱい赤ちゃんに謝って

自分のことが嫌いになりました。

 

旦那は優しくしてくれるけど、

どうせこの人には私の気持ちは解らない

っていう気持ちも正直ありました。

 

切迫流産で自宅安静のため1週間、
流産で自宅療養のため1週間、
合計2週間仕事を休みました。
こんな長いこと休んだのは7年間勤めて初めてでした。

復帰初日が夜勤でした。
迷惑かけたから仕方ないと思い出勤しました。

夜の点滴を溶いているときくらいから
もうお腹というかお尻というか腰というか
下半身すべてに力が入らないくらい痛くて
立っていられなくなりました。

とりあえずトイレに駆け込み、便座に座ると
生理なんて比べものにならないくらいの量の
血の塊がとめどなく出てきて
それと同時に、

私の赤ちゃん・・・

と悟って、涙が止まらなくなりました。


ホントは便器からすくい上げたいくらいの気持ち
だったけど、
病院のトイレで全部流しました。


身体的・精神的ダメージが大きすぎ

夜勤も仕事にならず、
回復するまで寝かせてもらうことに。

それからも何度もトイレに行き、
泣きながら血の塊を流しました。

「どれが赤ちゃんかな」

って思いながら、

全部が愛おしくて
全部が悲しかった。

 

1週間後にまた産婦人科に行き、
出てきたことを報告し、エコーでもう何も残ってないことを確認してもらうと、

はい、さよなら。

あっさり。

 

そして、また泣く。

そんな29歳の夏でした。

それから半年くらいは急に泣き出したり
鬱状態になることが続きました。

これがぽりんストーリーの
【どん底パート1】です。

流産後の卵巣嚢腫

次の月に元のクリニックに戻り、流産報告。
また頑張って行きましょうってことで意気込んだところで、次の試練が。

卵巣嚢腫が発覚。

赤ちゃん(胎嚢)が育っていた側の卵巣に腫れが見つかったのです。

それが大きくなってくると、
ねじれたり、破れたりすることがあって
手術が必要になるそうなのですが、
とりあえず経過を見ましょうってことで、
経過観察。

流産乗り越えて、
「よっしゃ、また頑張ろう!」
って思ってた矢先のことやったんで、

また若干気持ちが萎え
しかも手術になるかもしれないっていう不安もあり、幸先の悪いリスタートになりました。

卵巣嚢腫が治癒後一旦休憩

幸いなことに、2ヶ月くらいで腫れは引いてくれました。

でも自分の気持ちが回復せず
不妊治療を一旦お休みすることになりました。

約半年、温泉旅行に行ったり、
キャンプに行ったり、
思いっきりお酒を飲んだりして
タイミングなども気にせず
自分の好きなことをして過ごしました。

半年間の休憩後、タイミング法再開

その半年間でだいぶ気持ちが前向きになり、
また不妊治療を再開する決意をするまでに回復しました。

はじめのクリニックでは一般的な排卵誘発剤の使い方しかしてなくて、
(セキソビット100mg→4錠を5日間とか、
クロミッド50mg→1錠を5日間とか。)

その人のたまごちゃんの育ち方とか、子宮内膜の育ち方とか全然関係なしに
出されてたんです。(これが普通?)

でも、2つ目のクリニックでは、
最初は一般的な出し方だけど、
エコーを見てたまごちゃんの育ち方、子宮内膜の分厚さを確認しながら、その人にあった量を処方してくれたんです。

子宮的にも精神的にも負担が軽くなった気しました
(”気がする”ってこと大事!w)
何より、先生への信頼感が増しました。

30歳で人工授精にステップアップ

それでも、やっぱり妊娠せず、
30歳で人工授精にステップアップすることになりました。

この時は、

ここまでやってもダメだからっていうのと
人工授精の具体的な内容を知ったっていうのと
先生との信頼関係もできてたっていうので

人工授精を前向きに決断することができました

排卵誘発剤内服や注射、黄体ホルモン製剤の内服をしながら
人工授精を7回トライしました。

 

一般的には5、6回して体外受精に
ステップアップするそうなのですが、
私は一応自然妊娠できたってことで、
先生も望みを捨てず、
7回までトライしようと言ってくれました。

 

だけど、実際には3回以降は妊娠率は上がらないという
研究結果もネットで見て知っていたので、
正直気持ちが乗らなかったです。

 

それでもやっぱり毎回希望は捨てず、
「今回はゼッタイ妊娠した!」と思っては生理がきて
その度にずーんって沈んで、泣くこともありました

 

さらには、最後の7回目は、
先生の見立てが甘かったのか、
すでに排卵してしまった後の人工授精だったんです。

 

その時点で膨大なお金も使ってましたし、
仕事の休みの調整をするのに気を使いまくってましたし、
身体的にも精神的にもすり減ってきていました。

先生にとってはいっぱいのうちの一回でも私たちにとっては貴重な、大事な一回なのに。その一回を無駄にして!

っていう気持ちになり、

最後のそれが引き金となって
先生への信用が一気になくなってしましました。

体外受精を提案された時点で再びクリニックを変える(2回目)

で、7回目の人工授精が実らなかった後、
体外受精へのステップアップを提案され、
納得できなかったので、

もっと有名でおっきなクリニックへ行く!と決断し、またクリニックを変えることになりました。
2018年11月、31歳でした。

3つ目のクリニックは有名なおっきいクリニックです。
今もここに通っています。

診察してくれる先生が毎回変わるし、
有名だから人も多く、予約してても2時間待ちは当たり前。
なんなら家からも遠くて通うのに1時間かかる。

それでも、ここに決めたのは、

  • 圧倒的な実績
  • 最先端の治療
  • とことん原因検索してくれること
  • 女性の先生が多いこと
  • 関わる全てのスタッフの方が優しいこと

でした。

そして、また一から検査をすることに。
そこで、いろんな問題がわかってきました。

甲状腺ホルモンの異常値

まずは甲状腺ホルモン値の異常
血液検査でわかりました。

FT4っていう甲状腺ホルモンの値は正常だけど
TSHっていう甲状腺刺激ホルモンの値がちょっと高かったんです。

もしかしたらこれが不妊や流産の原因かも?
専門の病院に行って見てもらった方がいいですね。

って先生に言われて、甲状腺で有名な大きい病院に行くことになりました。

次から次へと試練がくるね〜とは思いながらも、
これがもしかしたら不妊の原因なら
これを治療すればゴールは見えるかも!

って、
不思議と前向きな気持ちになっていきました。

やっぱりはっきりした原因がないと
出口のないトンネルをずーっと走ってるような感覚でモヤモヤするし不安だしネガティブにしかならなかったけど、

こうやって少しでも原因らしきものが出てくると一つ一つクリアしていけば望みはある!
っていう感覚になるので、少し気持ちが楽になりました。

甲状腺専門病院に通い、甲状腺ホルモン内服の日々が始まる

で、甲状腺の専門のおっきな病院(これがまた人が多くて待たされるw)に行き、
検査、検査で大変でしたが、
なんと意外なことが分かりました!

甲状腺が普通の人の半分以下しかなかったのです!

 

まぁ、専門病院でした血液検査の結果では
ホルモンの値に問題はなかったんですが、
このちっちゃな甲状腺では、
大人一人分もカバーできない、
まして妊娠したら二人分も支えきれない
らしく、

潜在性甲状腺機能低下症という診断がつき、
甲状腺ホルモンの薬(チラーヂン)の内服が始まりました。

とりあえず、独り身(意味が違うw)の時はこの量でいいけど、
身重になれば倍量いるから電話してねって。

まぁでも一番安心したのは、

これが直接不妊とか流産の原因になってるんじゃなさそうです。

って言われたこと。

とりあえず、よかった。

でも、じゃあ、なんでできないんや?

旦那の検査も引っかかり、ビタミン剤など内服治療が始まる

2つ目は、旦那の精液検査での異常

『最初の方に、旦那の検査結果は問題ありませんでした』

って書いたんですけど、
精子くんはその時その時のコンディションで
数値が結構違うみたいで。

人工授精してた時も、
全然問題なく正常な時もあれば、
濃度の薄い時もあれば、
運動率が悪い時もありました。

サプリでも栄養取ることはできるんだけど、
高いですし、ビタミン剤や漢方の内服治療を勧めてくれたので、
旦那の方も内服が開始になりました。

風疹抗体がないことが発覚

さらに三つ目は、
私に風疹抗体がないってことが発覚したんです。

このまま妊娠して風疹ウイルスに感染すると、
先天性風疹症候群って言って
難聴とか心臓の病気とか白内障緑内障など
といった障害を持った赤ちゃんが産まれる
可能性が高くなるので、

ワクチンを打ってくださいって言われました。

風疹ワクチンを打った後2ヶ月は妊娠するとダメなので、避妊しなきゃいけなくって、
すぐにでも赤ちゃんが欲しいって思っていたけど、土台をしっかりしないと意味がないと思い、

風疹の予防接種を受けました。
そして2ヶ月避妊しました。

子宮鏡検査と卵管造影検査で卵管の閉塞が見つかる

そして、さらにさらに4つ目、
子宮鏡検査と卵管造影検査をしたんですけど、
なんと!

卵管が、右も左も
癒着して閉塞していたんです!!!

もう衝撃しかなくってw
だって今まで2つクリニック変えて、
どっちも異常なし!って言われてたのに

もう完全にコレやん!
不妊の原因コレやったやん!

って、なんか原因がカチッとわかったと同時に
今までのクリニックに対して怒りが湧いてきました。

今までの時間とお金を返せ!って。

でも、よくよく聞くと、
クリニックによって造影検査のやり方もまちまちだし、
子宮鏡検査をやってないところもあるから、
見つからない場合もあるんですよって。

でも、それでも!って感じはしましたし、
最初から大きいクリニックに通えばよかったという後悔の念でいっぱいになりました。

手術(卵管鏡下卵管形成術)

この卵管の閉塞に対する治療は、
手術しかないらしい。
内視鏡で子宮とか卵管を見ながら拡げる
卵管鏡下卵管形成術(FT)っていう手術。

これで拡がる人もいるけど、閉塞したままの人もいるらしいから

体外受精にステップアップすることも選択肢の一つとして提案されました。

でも、
手術にチャレンジすることに決めました。

静脈麻酔をしてもらい、
手術自体はあっという間に終わりました。

2019年2月31歳の時でした。

手術後タイミング法・・・と思ったときには夫婦仲は破滅

この手術で、
無事、卵管を拡げることができました。
でも半年くらいで
また狭くなってくる場合もあるので

今後の予定は、半年間タイミング法や人工授精などを行って、
それでも無理なら体外受精にステップアップという流れになっていました。

 

 

が、

 

 

その時には不妊治療とは別の理由で、
夫婦仲は破滅していましたw

なので、この手術を受けた後、
結局一度もタイミング法や人工授精をチャレンジすることもなく

無駄に終わってしましましたw

不妊治療、甲状腺ホルモン内服自己中断

結局、2月に手術をし、
3月には家庭内別居、
4月からは本格的な別居が始まりました。

当然、不妊治療は中断で、
甲状腺ホルモンの内服も自己中断しました。

31歳で離婚【どん底パート2】


5月か6月には離婚届が完成し、
お金の問題やら、
家具家電などの物の問題やら、
自分の気持ちの問題やら、
色々と整理をして、

2019年7月(31歳)に離婚しました。

自分から離婚をお願いしたのに、
涙が止まらなくて、

精神的にも不安定になって、
仕事もうまくいかなくて、
父親との関係も悪くなって、

こんな時ってなんでこう何もかもがダメになるんかなってくらい
一気にいろんなことがダメになって

何を隠そう、本厄の年だったのですw

この時期が【どん底パート2】となりました。

32歳で再婚、仕事辞める

そして、なんとか本厄を抜け出し、
ホントに色々ありましたが、次の年に再婚できましたー(;;)

同じ病院に勤めていた理学療法士さん。
リハビリをする人です。

すっごーい柔軟で、優しくて、心広くて、
こんなに懐が深い人は他におらん!
って思うくらい頼り甲斐あって。

あたし、仕事辞める!
自分のやりたいことやる!

いいよ!応援する!

え?いいの?

成功するか分からんし、収入なくなるけど・・・

なんとかなるでしょ!
ホンマに無理になったら、僕がなんとかしたらいいだけやし。

それよりもぽりんがやりたいことには価値があるし、やりたいだけやってみたらいいやん♪

普通だったらありえないですよね。

 

私は夜勤も多い救急病院で働いていたので、収入はまぁまぁあったんですけど、
その収入がゼロになってもいいから
組織に頼らず自立したいという自分のわがままを聞いてくれるステキなパートナーと
出逢えて本当に幸せです。

不妊治療再開

再婚後、不妊治療を再開しました。
まずは、卵管の検査。
去年手術してから1年半経ってるけど、
拡がったままでいてくれー
って淡い期待を胸に、
子宮鏡検査と卵管造影検査再び!

見事、卵管は狭窄していました!w

まぁ前は閉塞やったから、ちょっとマシか?

なんて思いながら、新たな問題。
多数のポリープ。。。

結局、

妊娠難しいですね〜。

って結果に。

 

またFTしてもいいけど、
2回目・3回目しても妊娠率変わらないから
うちではおすすめしてませんって言われて。
でも望むならしますって。

ポリープは手術でとって、体外受精に行くか
FTするかまた考えといてくださいって言われました。

ポリープ切除後、体外受精へステップアップ

体外受精にチャレンジしてみてもいいかな
と思ってるっていう自分の気持ちを今のダーリンに伝えました。

できるだけのことやったら、もし無理やったとしても後悔はしないやろうし、その段階にいったら特別養子縁組考えるか、2人の人生楽しむか考えよ。どっちにしても楽しみや!

って言うてくれるステキなダーリンの後押しのもと、

体外受精にステップアップする決意をしました。

やっぱり不妊治療は大声で相談できない環境

この自分の経験をSNSで発信してみたんです。

 

そしたら、投稿へのコメントこそ少なかったけど、
イイネ!はいっぱいつくし、
予想以上に多くの人たちがDM送ってくれて、

  • 「誰にも相談できなかったけど、不妊治療で悩んでて・・・」とか
  • 「ステップアップする勇気が出た!ありがとう!」とか
  • 「同じような境遇で悩みを打ち明けられてよかった!」とか。

なんかこんなことで勇気付けられることがあるんやって思ったのと同時に、
私もそうだったけど、
やっぱり公には話せない相談できないっていうことを再認識したんです。。

「ぽりんのへやがあるから大丈夫」っていう場所になりたい

頑張れば妊娠できると思っていました。
信じれば妊娠できると思っていました。

だから、大量のお金と時間と労力を費やしてきました

  • サプリ飲んだり
  • 不妊鍼灸整骨院通ったり
  • ホットヨガ行ったり
  • 大好きなお酒やコーヒーをガマンしたり
  • 神頼みしたり・・・

いろんなことを頑張ったり
いろんなことを信じてやってきました。

 

でも、

頑張っても頑張っても、
信じても信じても、

報われるとは限らないのがこの不妊治療や流産です。

自分が経験をしてきて、言えることです。

 

だから「頑張らなくていい」「信じなくていい」というということを言いたいのではなくて、

 

妊娠できないのは、
流産してしまったのは、

あなたのせいではない。

ということです。

だから、
自分のことを責めないでほしい。
自分のことを嫌いにならないでほしい。

 

あなたは頑張っている。

その頑張っている自分自身を褒めて、好きになってほしい。

そして、

自分の「大切なもの」をしっかり見つけてほしい。

 

そうなれば、あなたは

楽に生きられます。
あなたらしく生きられます。
確実に幸せになります。

 

そのお手伝いがしたい。

 

そんな思いでこの部屋を作っています。

 

「ぽりんのへやがあるから大丈夫」
「仲間がいるから大丈夫」

 

そんなあなたの心の拠り所になれる場所を用意しています。

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